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出雲民藝紙(いずもみんげいし)の紹介
出雲地方は、正倉院文書にも記述がのこっているように、古くから紙の産出国でした。
しかし、画期的な発達をとげたのは江戸時代になってからです。
松江藩祖 松平直正は、郷里の越前(現福井県)から紙すき職人の中條善左衛門を招き、意字郡忌部村野白(現松江市乃白町)に御紙屋を設け、紙業の発達を はかりました。
その後能義郡広瀬町祖父谷(おじだに)にも御紙屋が設けられました。
八雲村の紙すきは、祖父谷の紙すきの影響をうけ、江戸時代の中頃から始 まったといわれています。
最盛期八雲村では、30戸くらい紙すきをしていました。(現在2戸)
八雲村でつくられる和紙を、出雲民芸紙と呼ぶようになったのは、昭和6年頃からです。それは、昭和6年(1931年)に、当時「民芸運動」の創始者で あった柳宗悦氏に安部榮四郎が出会い、その後柳宗悦氏の指導をうけ、和紙づくりにはげんだことによります。
安部榮四郎は研究を重ね、伝統技術のよいところを残し、さらに現代感覚を加え、衰退していく「出雲和紙」を「出雲民芸紙」として、再生させました。
出雲民藝紙(いずもみんげいし)の特徴
和紙の原料の持ち味を生かすということです。
楮紙は楮紙らしく、雁皮紙は雁皮紙らしく、三椏紙は三椏紙らしくという、植物繊維の特色をうまく生かして漉くことが心がけられております。
力強く堂々としており、男性的な魅力にあふれた紙です。
出雲雲紙(いずもくもかみ)とは
出雲雲紙(いずもくもかみ)は安部榮四郎が宍道湖の夕景の美しさに感銘を受け、考案した技法です。
まず地になる紙を漉き、その上に薄く溶かした様々な色に染められた繊維が雲のように流してあります。
水面に移る雲の美しさ、季節ごとに変化していく雲の美しさを手漉き和紙の上で表現しています。
出典:
出雲民芸紙「安部榮四郎記念館」安部信一郎